関内寄席 若手編

台風が近づいているが午前中はなんとか降らず。
広瀬和生プロデュースのネタだしの会。


わん丈:寄合い酒
吉笑:カレンダー(新作)
中入り
ぴっかり:元禄女太陽伝(作者ありの新作)
小痴楽:宿屋の仇討


男性陣はみな達者なもの。
最近は2つ目の会も増え、場数を踏んでいるせいか
ぐんぐんうまくなる。
たいしてぴっかりさん。
女性が廓話をやるとちょっと・・という部分が見えて
残念な印象。からっとやってはいるのだが。


次回はわん丈、ぴっかりにかわり、粋歌、こはるとのこと。
女流は、そのあたりよくわかっているこちらに期待。

花緑、喬太郎、一之輔と

「柳の家の三人会」ならぬ「柳の家に春風が」のシリーズ。

要するに当代の人気者を集めた会なのだが。

三者三様というべきか。

前座の緑助さんのあと、客席を温めようと下ネタ(風)のマクラではじめ

池袋なら食いついてくるのに町田はざあっと引きましたねと笑わせる喬太郎さん。

 

一之輔さんは、柳家から(柳亭市馬さんふくめ、三三さんなどが入れ替わり)3人

そろわない時だけ、私に声がかかるといい、思いつきのようにはじめた

時事ネタ松山千春の物まねが案外受けて、

談志さんの物まねをしたのだが毒舌ぶりが同じで案外似ている。

 

花緑さんは、喬太郎さんと一之輔さんでさんざん笑い疲れたお客さんの前に

トリで高座に上がる身にもなって欲しいと言って笑わせる。


 

緑助:たらちめ

喬太郎:夢の酒

中入り

一之輔:鮑のし

花緑:紺屋高尾


喬太郎さん、おちついた風で夢の酒をはじめ

随所でテンション高く思わせぶりにひっぱり笑わせる。

笑いを取るのにも、この安定感。


一之輔さん、

大家さんを甚平さん(与太郎キャラ)がこんちわと尋ねると

速攻「帰れ」といわれるまさかでドライな展開で飛ばす。

ひきつった男性の高笑いと男性が耐え切れず吹きだす音が充満する

男殺しの爆笑の鮑のし


そのあとで高座にあがり、

「いくら持ちネタだからって寿限無をやるわけにもいかないし」

「みなさんが落語家だったらこの2人のあとに落語やりたくないでしょう」

「このまま流れ解散にして家に帰って志ん朝DVDみたほうが」などと気弱な発言の後

まさかの紺屋高尾

立川の型(談春さんかな)とはいえ久蔵が切ないほどいじらしいという型ではなく

笑いどころの多い紺屋高尾だったのは、その前の「流れ」を汲んでのことか。


花緑さんの切ない久蔵が聞きたかったなあ、志ん朝ってなんで死んだんだっけ

生きているうちに聞きたかったなあ、と話す30-40代の男性2人の感想を

後ろから聞きながら。


数々の名演を産んだ郊外のホールをあとにする。

立川流が好き! 落語会

 吉笑さんが仕掛け人の立川流落語ユニットの会。

今回は満を持しての国立劇場演芸場。

出演者の気分も上がるようだが。


吉笑:ぞおん(新作)

寸志:酢豆腐

こはる:芝居の喧嘩

中入り

志ら乃:強情灸

志の太郎:しょっちゅう見舞い(新作)

談吉:鼠穴


少々遅れて駅につき、

かつ雨の夜でまさかの路に迷うアクシデント。

吉笑さんの最後のほうに滑り込む。

寸志さんは達者な古典。

こはるさんは伝法な噺をぽんぽんと。

ただし、女性を感じさせない発声(のどに負担をかけている)ではこの手の噺は

なかなか辛そうではある。

志ら乃さんの強情灸は師匠譲り(?)の妙な間合いの人が

ちょっとしたアクセントに。

志の太郎さんは新作で、頑固なおじいさん同士の

心温まる交流を描く。

そしてトリの談吉さん。

談志最後の直弟子だけに花をもたせる風は相変わらずで

「季節に合わないネタですがいいですか」と

二度ほど言い訳しながら渾身の鼠穴。

最後は写真撮影タイムをもうけ

トークライブと次回の落語会の予告まで。


トークライブビジネスモデル、というのは

なんだか余計な気もしたが。

談志師匠に捧げる孫弟子&最後の直弟子の若手会。

成金の人気には及ばないにせよ、なかなか頑張っているなあと。

暖かいお客さんに恵まれて、満席とは言えない入りにしても。

まずまず、立派につとめたのでは、と。

 

松田権六の文箱

芸大美術館で有名作家の卒業制作作品がかなり出品されていて興味深く見る。

中でも松田権六の文箱(こじんまりしたいい形)が気にいる。

 

まだ若いころからこのくらいの作品を作っていたのかと。

 

蓋裏には咆哮する獅子。

表には逃げ惑う草食動物たち、という見立ても楽しい。

 

同じく板谷波山の卒業制作は木彫で

当初は木彫を志したのか、というのも驚きだが

これもまた端正である。

 

若書きという言葉があるが

若いうちから完成度の高さが感じられる作家というのは

一定数いる。

どうということもなく、ただそうなのだ、というだけなのだが。

 

 

あおやぎを買ってきて

 母のところに供える。


両親の実家のある海辺ではこの貝が昔はよく取れて

干したものをあぶったり

ちょっときざんでから味噌で煮付けたり

もちろん刺身でも甘くておいしいのだが。


近所のスーパーで時々出回る。

大きめのパックを買ってきて

お母さん、めずらしいものがあったよと。


今日はなじみの店でゆっくりと昼食を取り

一杯のワインをゆっくりとあけて

めずらしくすいていたので、店員さんと他愛もないやりとりを。


薦められたヴァイツェンビールドイツのもので

(ヘフェ・ヴァイツエン)

よく似た名前のどくろのパッケージのメキシコのものしか見つけられず

まあ、それもご愛嬌。


今日はいい休日だった、そんな足元だけ見つめて

一日、日が暮れる。

立川流トークライブにいく

ずいぶんと怪しい歌舞伎町の一角。
ライブハウスらしいが。


若手の元気な意見や宣言を聞きながら
いずこの組織もあれこれあるのだと思いいたる。
特になにやらクリエイティブなことをやっているところは
管理系や働く基盤整備をする人が薄く
システムの未整備から来る効率の悪い働き方を強いられたり
情報伝達が悪かったり。


会社や組織共通の利益をしっかり定めて
そこだけでも合理的でよいやり方をすればいいだけなのだが。


好きだけでつづけられる人が多い場所ほど
働きやすい仕組み作りはないがしろにされる。


家に戻り、急転直下したことで久々に会った身内の若い子からも
同じような悩みを聞く。
(でも、その仕事を私がやるのは違うの、と)
ひとつのことが、いろいろなことにつながる。


いまはそのフェイズ。

 

真実の10メートル手前

読み始めて、流行りのイヤミスかと思うが

読後感は悪くなかった。

読後感に救いがある理由ははっきりしている。

 

主人公の、グロテスクな真実を前にした

決して正義感だけではない、

悩みながらも一貫した態度を取ろうとする

筋を通そうとするその態度が、救いなのだろう、と。

 

やりきれない、うんざりするような他者とのせめぎあいの中。

 

自分を含めた、人間の弱さやどうしようもなさを肯定して

その上で何ができるか。

そんな姿勢に。

 

それにしても、いまどきこんな姿がはまるのは

若くて芯の強い女性だけなのだろうか。

 

案外、それも真実かもしれない、と。