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竹信三恵子氏の講演会と

先週末に竹信三恵子氏の講演会を聴きに行く。
左派(という言葉は死語に近いが)の話題の論客だが
告知が行き届かなかったのか参加者が少ない。
内容充実していただけに、もったいないと感じる。


最近の労働事情の変化を鋭く指摘しながら、
今起きている労働問題のことなど。


非正規の派遣労働者は当初は女性であり
結婚や出産後に長時間労働には耐えられなくなったが、
職業訓練された使える人材を、
短時間労働というだけで安く使い、簡単に首を切る(雇用の調整弁にする)。
そのうまみ(労働者の権利にも昇給にも配慮しなくていい人材を使う)
に経営者が目覚めてしまって、やがては、男性の製造業のブルーカラーにも
派遣を導入し始める。
0年代の好景気時には、企業が人件費を削ることで生み出した利益を
社会に賃上げという形で還元せずに
内部留保や株主配当や取締役への高給で使っていく構造が生まれる。


それにあきたらなくなって検討されているのが
ホワイトカラーの正規職員にまでそれを拡大する残業代ゼロ法案
というあたりまで。


それまで、というか現在も
正規職員は際限なく長時間労働を推し進めることで
結果的に時給単価を切り下げられており(残業代は、ある程度で頭打ちなので)
それすら払いたくなくなってきた企業の、
ここが最後の桃源郷ということだろう。


欧州では、同一労働なら短時間労働でも同賃金なので
日本のパートや派遣のような「安くて優秀な労働者」は手に入らない。
また残業代の割増を高くすることで企業は必死になって残業を抑制する。
男女ともに夕方にはに家に帰り、2人でそこそこ稼げば
どちらかが会社をやめたりせずに、交代で育児をして
子どもを産んで育てていける。


若者を使い捨てるブラック企業の現状を学生に伝えると
自我の弱い子は、逆に怖がって鬱になってしまう、
そういう子には、無理に働かずに低い年収で気楽に生きる方法を、教えてあげるしかないのかもしれないということも。


ちょうど同じころに、与那覇潤の「中国化する日本」を読んでいた。
労働環境の変化を近代史のなかで捉えなおす視点がこの本にはあり
さらに俯瞰して眺めることで見えてくるものもある。


刺激を受けて問題を再認識する。
まずはそこまで。