長期化

ウクライナの紛争はコロナ同様長くかかるというのが大方の見方のようだが。

どちらも引かない(引けない)、という膠着状況が続き

まるで19世紀のような、と形容される紛争に、

21世紀的なスマートな着地点があるのかどうか。

経済が分かちがたくつながる世界で、これもコロナ同様

混乱から無縁でいられる国も多くはなく、

また中立というスタンスが許されない情勢の中、

既に世界中を巻き込んでしまっている、という説も。

 

 

「ズームバック×オチアイ”新しい戦争”のその先へ」を興味深く見た。

今回の侵攻の前からの両国の報道の偏向、

言葉の力を駆使するウクライナの情報戦略、

最後にこの、ますます広がる分断を超える方法は、とポイントもよい。

ただ、ウクライナへのスターリンクのサービスの提供の話は

その前段・・・ロシアが老朽化した自国の衛星を打ち落とす実験を強行したことと

ロシア国営宇宙開発事業の社長の恫喝めいたツイートに、

やんちゃなイーロンが受けて立ったこと・・

と一連の流れで伝えるべきなのでは、という気もしたのだが

話が拡散しすぎるのを避けたのかもしれない。

 

 

マスメディアにSNSというものが加わったのと同様に

アメリカの私企業の技術力と資金力、情報発信力とある種の自由度は

物事をさらに複雑にしていくともいえるのだろうが。

中国のように国家が私企業を強力に統制しようとして技術開発を失速させるのと

国家の枠さえ超える巨大IT企業に国の力が後手になって及ばないのと。

 

 

さて、日本の国営放送の番組をもう一つ。

鏑木清方の展覧会とともに彼の画業を紹介する番組がなかなかよくて

繰り返してみてみる。

絵のスタイルを確立することにつながる泉鏡花の本の挿絵の仕事をはじめ

参照することになった江戸期の浮世絵、彼の技法と、とても参考になる。

第2次大戦中、空襲警報がなると意地になって絵筆を握った、という

エピソードを自ら語ることにも、

庶民の風俗や季節感を画題とし、市井の一絵描きを自称して過ごした生涯も

画と相まって、なるほどと思えてくる。

 

 

先の見えない状況、そして今だに進行中の悲惨な国際紛争

資源価格の上昇と多くの消費財の値上がりという形で

遠く離れた日本での生活を直撃し、景気を失速させる。

そしてこの国が紛争当事国と領土問題を抱えるという

国防上の問題に目が行くと、ことは経済だけではすまなくなる。

操作された情報が飛び交う多面的な事象で

不安のあまり逐次情報を追いかけ続けると、確実に疲弊してしまう。

落合氏は柳宗悦を参照して、日常の生活を淡々と続けることが大切といっており

氏はアーティストでもあったな、と思う。

情報に関しては、あえて時間を置いて

ある程度まとまった質の良い情報を参照すること、くらいだろうか。

 

 

自分の好きなものしか描かなかった清方は

晩年は自分の子供のころの、失われゆく明治の風俗をこのんで描いた。

自分も、年のせいかこのところ過去に目がいく。

私が惜しんで描くとしたら、一体それは何になるのだろうか、と。