立川志の輔 独演会

コロナで半年伸びたしんゆり芸術祭の1演目。

ここはそのままのチケットで延期の日に来場できた。

客席はまだら模様。1列あいているのは土曜日の昼から平日の昼に変更のために

団体ごとキャンセルが出たのかどうか。人気落語家だけにもったいないこと。

 

 

別会場でも志の輔さんをとってあったのだが、そちらは再々延期になり、

この節は致し方ないが、いったん払い戻しのあとで再度予約受付となった。

もともと予約のある人は先行で予約を確認しての電話受付のみ。

楽勝でとれると思いきや手間がかかるのか、いつかけても電話が全くつながらず。

ついに断念。というわけで、2会場分の期待を持って出かける。

 

志の大:元犬

志の麿:初天神

志の輔バールのようなもの

中入

遠峰あこ:アコーディオン民謡

志の輔茶の湯

 

志の大さんの「元犬」、志の麿さんの「初天神」ともに適度な緊張感のなか

すっきりとまとまって噺が進む。いいね、このコンパクトでぎゅっとした感じは。

 

志の輔さんは、だいたい最初の一席は枕が長い。

コロナのこと、今日の感染者は何人といわれる日々が積み重なり

季節を意識することもなく過ぎて、とまったくその通りと共感するような雑感。

もはや古典のような「バールのようなもの」は客の年齢層を見てなのか、

妾という言葉にあまり注を付けずにストレートにはいる。

 

遠峰あこさんはにぎわい座と違って演芸色というのかコミック色をおさえて

しっかりと民謡ばかり数曲、自慢の喉を聞かせる。

崎陽軒のCMソングでは気づかない民謡歌いの声が朗々と。欧州の民謡はご愛嬌。

 

最後の一席は「茶の湯」。

以前聞いたときよりも無駄がそぎ落とされて、

ごく淡々となんのてらいもなく、肩に力もいれずに聞けるのだが

凄いほどの完成度。

この歳になって、というよりもこの歳だから。

この先もぐんと伸びるのか、と思ったら

落語という芸能は凄いものだ、と背筋が寒くなるような思い。

あと何度聞けるのだろうかと。あきらめたチケットが悔しくなってくる。

 

 

めずらしい噺でなくとも、舞台に仕掛けがなくとも。

こういう芸が見られるなら、と。

こちらも静かに思いながら会場をあとにする。

 

 

ただただ時間と経験を味方につけ、積み上げていく。

現状に納得せず、シビアな視点を欠かさず、そうやって飽かずに探求する生き方は、

この人の師匠に似て相当にしんどいものなのだろうが。

自分を振り返って、それで背筋が寒いのかもしれず。

ああ困ったなあ。こんなもの見せられて。