ジブリ 風立ちぬ

気になっていた映画を見てくる。

冒頭は夢のなかのファンタジックな飛行機の映像だ。

この人は飛ぶことや飛行機に関して相当な思い入れがあるのだろう。

相変わらず、どこか不穏でけれども美しい絵柄は

未来にある冒険と不安、喪失といったものを予感させる。


最初の方の関東大震災の、まるで巨大な生物が地中から現れるかのような

不気味で圧倒的な描写、おそらくは人間の声を加工したと思われる

薄気味悪い効果音がどんな凄惨な絵にくらべてもひけをとらない。


主人公の純真で一途な恋愛には

涙がこぼれ通しだった。

最後の夢の世界で、墜落したおびただしい数のゼロ式戦闘機の残骸を

のりこえ踏みしめてたどり着いた爽やかな高原に

死んでしまった妻が、出会ったころと同じように美しく生き生きとした姿で現れる。

その妻に「生きて」と頼まれて「ありがとう」と答える。

この主人公のあまり動かないように見える表情が大きくくずれ

そこに、「創造性を発揮できるのは10年だ」という主人公のメンター伯爵の言葉がかぶる。


軽井沢のホテルで交わされる会話や演奏されるピアノ曲

トーマス・マンの「魔の山」のエピソード、高原のサナトリウム

あの時代の知識人の教養の深さにも感銘を受ける。


時代が移りゆく行く先を知りながら

それをそのままにして、作りたいものを作り出すチャンスがあれば

たとえ爆撃機だろうと戦闘機だろうと。

この時代の不穏さ、厳しさ、自分の作り出すものの結果として生み出される

不都合な事象の数々を知りながら、ただ美しい飛行機をつくりたいと願う。


宮崎監督の思いも重なる、との巷の噂もさておき。

描きたい表現を描きつづけ

時代の行く末を知りながら、それに対して

社会的な行動を起こすこともなく。

これは、それでもあまたあるアポカリプスの表現よりも

一歩進んで洗練された警鐘とも思われるのだが。