知り合いの旦那さんがなくなったと聞き
友人とでかける。
研究室の先輩で、その旦那さんも同じジャンルの研究者
となると案の定、会場は大学の先生やら研究所の人やら。
畑違いの道に進んだ身としては知り合いもいない。
故人の好きだったジャズが流れ
心のこもった弔辞や弔電の読み上げが続く。
義理や形式的なものの何一つない
すっきりした心のこもった式だった。
この人たちの結婚を祝うガーデンパーティも
そんな風だったとその昔に聞いた。
最後に喪主であるその人の
故人の人柄も、夫妻のありかたもしのばれる挨拶で
短い式が終わる。
ガンでよかった、余命がわかっていてよかった
といって、治療の合間に研究の資料を集め
夫妻でクリスマスと新年を好きなパリで過ごした
と聞いた。
この幸せなあり方は、それでも戦いながらのようにして
勝ち取って積み上げてきたものだろう、と。
同じ研究者同士、よきライバルのようにして容赦がなかった
というプレッシャーも聞いたことがある。
この人たちらしい。
それを心に刻む。