東洋文庫と伊能忠敬  「一身二生」

以前から行ってみたかった東洋文庫に初来訪。


HPに載っている素敵な書棚の並ぶ図書室の風景は
この文庫のもととなるコレクションの一部ということらしい。
なかなかに壮観な眺めである。


また今回の展示は伊能忠敬にも関係する地図関係のもので
ちょうど伊能忠敬の評伝風の小説「一身二生」を読んでいたため
興味深く堪能した。
この小説は、サラリーマンとしてそれなりの人生を送った後
定年退職後に再度好きな小説の世界に足を踏み入れた作者のもの。


伊能忠敬も、地方の豪商の家に婿入りして家業を再興し大きな成功を収めるも
隠居を願い出てから幼少から好きだった天文学の道に戻る。
年下の師に疎んじられながらも、師の研究を手助けするため
江戸から蝦夷地までの測量をはじめて、やがてはその実務家としての才を発揮。
最後には科学的な測量に基づく正確極まりない日本地図を作成するため、
何度も過酷な測量の旅をチームを率いて成功させた人物。


人生100年時代にこそ見習いたい生き方、一身で2つの人生
ということなのだろうが。


若くして好きな道に進み、大成するかどうかどころか
食べていけるかどうかを思い悩む生き方もあろうが
様々な事情でこれこそをと思い定めた道を断念して
家のため人のために尽くしたあとで、自分の残りの寿命を切なく思いながら
あきらめきれずに好きだった道に戻る、その人生にも、ドラマというものは
あるはずで。


志の輔さんが、伊能忠敬の落語を創作しようと悪戦苦闘し
どうしてもうまくいかず、というのは地方の家を再興した立志伝中の人物は
人の弱い心や情けない人生に寄り添う落語にはなかなかしずらい
といっていたのだが、
(作っては壊すうちに、伊能ではなくその師の息子の話になってしまう、とのこと)、私にはどう考えても不思議に思える。


年下の学究肌の師に年齢や、理論に弱いことから軽んじられ疎んじられて
生じる軋轢。
先行きの短さから名を成そうとする焦り、
身分や年齢から、地方の金持ち隠居の道楽としか思われない情けなさ。
3番目の内縁の妻であり博識の学者でもある有能な助手の女性に、
学問への同じ思いから最後には師匠のもとに去られてしまうところにしても。
それは忸怩たる思いも、思うようにいかぬ情けなさや焦りも
若い人に劣らず、否、もっと激しく感じただろう物を。


若いうちから好きな道に舵を切った人には、逆にわからないのかしら。


そんなことを感じながら。


東洋文庫をあとにする。