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立川談志 ドラマ 人生成り行き

仕事を終えて、楽しみにしていた立川談志のドラマの後編をみる。


談志さんの若いころを演じた役者さんは
見かけは似ていないけれど、ちゃんとそれらしい雰囲気がある。
(病床の談志を演じた田中民(本当はさんずいだけど)はもう、
これはちょっとズルいくらいはまっている)
中年以降の談志を演じた役者さんは、ぱっと見は似ているけれど
それはそれだけ、と言う気もする。
内容は、といえばあまりにも多面体で、弟子でさえ彼のすべてを語れない
といわれるほどの人生を、なんとかドラマ化という体。


寄席を落語を誰よりも深く愛していて、そう自負していたんだなあ
というのが前半のドラマから伝わる。
それでも衰退しつつある寄席と落語という芸能に危機感を持ち
あるきっかけをもとに、寄席を飛び出し、
以降はそこに戻ることなく戦いつづけ試行錯誤し続け
一度も手を緩めることなく疾走した。
落語家でありながら理論を語れる、
速記本以外の著書(落語論、評論)をだした初の落語家でもあった。


お客さんを楽しませる娯楽としての寄席、
ピン芸でありながら、全体のパッケージや流れで
1つのものを作り出す寄席のありかた。
それと個人の芸で勝負するホール落語のバランスを
とっていたのが、それまでの人気落語家とするなら。


自分の芸を競い合う独演会しか場がない、
そんな厳しい落語家へと、他の芸術同様の土俵に
向かって行った、というところか。


独演会で客を呼べる落語家が
他の芸能や芸術と並んで、国の認める芸になったのも、この頃。
(彼が無冠だったのは皮肉なような・・)
この人が「私の名前は立川談志です」とメモに書いたシーンを見て
談志という名前、名跡が松岡某という人物に語りかける
ドラマのシナリオに感じた最初の違和感が薄れた。


その談志さんは、自分が一番愛した場所を出ることで、
落語の寿命を100年伸ばしたといわれる。
日本固有の、後進の育成からなにから
ギルドとして完結した仕組みの中で生活保証のできた
寄席と落語が、新しい働き方、芸能として成立する、今後せざるをえないのでは
そして、自分と自分の優秀なデ氏たちにとっては成立すると証明したのもまたこの人。
とはいえ、芸能の神様に選ばれた一握りの落語家にしかできないモデルをつくってしまったがゆえに、
弟子と後進はいばらの道を歩む、ことでもある。


これからまだまだ、談志さんについて語る番組や本がでる、といわれて。
楽しみなんだか怖いんだか。
あれこれ考え込んでいる。